春の訪れを知らせるサクラを見ると、悲しみが、涙があふれ出す。最愛の妻子を交通事故で亡くした松永拓也さん(37)にとって、命日の4月19日が迫る日々が「1年で一番つらい」という。
東京・池袋の乗用車暴走事故から5年となり、事故現場近くの慰霊碑に手を合わせる松永拓也さん(手前)と亡くなった真菜さんの父の上原義教さん=19日、東京都豊島区で
ただ、東京・池袋の乗用車暴走事故から5回目の命日は、未来につながる大きな変化の中で迎えた。すれ違い続けてきた加害者の男性受刑者(92)とのやりとりが直前に始まり、再発防止に一歩前進したからだ。
19日、松永さんは事故現場近くの慰霊碑の前で「フェーズ、段階が変わった。彼を責め続けても、事故はなくならない」と力を込めた。そして、交通事故が起きにくい仕組みを増やしていくことを目指し、「彼の後悔を社会の財産にして、再発防止を社会全体で考えたい」と語った。(デジタル編集部・福岡範行)
◆「記念日反応」に苦しんで
妻真菜さん=事故当時(31)=と長女莉子ちゃん=当時(3)=を事故で失って5年間。松永さんは命日が近づくたびに「記念日反応」(記事後半で詳細説明)に襲われてきた。
5日も、そうだった。松永さんは仕事帰りにサクラを見かけて、「きれいだな」と思った。
同時に、サクラの木の下で笑う2人の顔が脳裏に浮かんだ。
「お花見を楽しんでいた、あの当時の自分に戻ってしまう。悲しみがよみがえってしまう」
松永さんはその日、電車の中で1人、リュックに顔をうずめて泣いた。
◆「少し元気が出た」手紙
事故現場近くの慰霊碑に集まった花束==19日、東京都豊島区で
しかし、今年は少し前向きになれるできごともあった。翌6日の昼過ぎ、男性受刑者の言葉が書かれた刑務所からの手紙が届いたのだ。
松永さんは3月に法務省の「被害者等心情聴取・伝達制度」を利用し、刑務所を通じて質問や思いを男性受刑者に届けていた。その回答だった。
手紙には、松永さんが伝えた「あなたの失敗を、社会の財産にしてほしい。『自分と同じような加害者が生まれてほしくない』という視点を一緒に持ちませんか」という呼び掛けに男性が同意し、松永さんとの面会にも応じる意向が書かれていた。
「(男性受刑者は)そもそもしゃべれる体調なのか」と心配していた松永さん。開くかどうか不安だった再発防止への扉が開き、6日は報道陣に「少し元気が出ました」と笑顔を見せた。
交通事故は、誰しもが加害者にも被害者にもなりうるため、それぞれの立場の意見が大切だとした上で、事故の減少に向けて「未来への希望をなくさないで、やっていきたい。彼(男性受刑者)と一緒に」と語った。
◆争いから対話へ 5年間で変わった状況
取材で報道陣に囲まれる松永拓也さん(左)と上原義教さん=19日、東京都豊島区で
松永さんが男性受刑者と意思疎通できるようになった背景には、5年間の状況変化がある。
刑事裁判では、松永さんは男性に2人の命や、自身の罪と向き合ってほしいと考えていた。
だから、松永さんは自ら「刑事裁判中は鬼になる」と取材に語り、男性に厳しい姿勢を取り続けた。
しかし、その影響で、世間からの加害者バッシングが強まることを心配し、葛藤もしていた。個人の責任を問う空気が過度に強まれば、社会全体として事故をどう防ぐかという再発防止の視点が弱まるとも思っていた。
刑事裁判は2021年9月、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪で禁錮5年が確定した。民事裁判も2023年10月、松永さんの勝訴で終わった。
男性との法廷争いが終わったことで、ようやく「人と人として」再発防止に向けて話し合える状況が訪れたと考えている。
◆「言い訳にヒント」
真菜さん、莉子ちゃんの命を奪われた悔しさは今もある。
「記念日反応」は、男性からの前向きな返答があった後も変わらなかった。命日前日の18日は駅から職場までの10分間ほどの道のりを、1人泣きながら歩いていた。
それでも、松永さんは「再発防止のためには、(自分自身の)個人の感情は第一じゃない」と語った。
男性との面会は、できるだけ早く実現したいという。
19日、事故現場近くで松永さんは報道陣に「彼に言い訳をしてほしい。言い訳の中に、再発防止の種、ヒントがあると思う」とも語った。
男性が事故当時、足に不具合があったことの事故への影響や、車に頼らない生活に切り替えることができなかったかどうかなど、裁判ですら聞ききれなかった実情を聞き、社会全体の議論につなげたい。
「彼の言葉が集大成だと思っています。池袋事故を教訓にして、同じような事故を防ぐことは、まだ終わっていない。彼の言葉を社会で生かせる年にしたい」。
事故から6年目、交通事故のない社会に近づくために、松永さんの新たな挑戦が動き出す。
池袋乗用車暴走事故 2019年4月19日正午すぎ、東京・池袋で、当時87歳だった男性が車を運転中にブレーキと間違えてアクセルを踏み続けて赤信号の交差点に進入。自転車で横断歩道を渡っていた松永さんの妻真菜さん=当時(31)=と長女莉子ちゃん=当時(3)=をはねて死亡させた。ほかに9人が重軽傷を負った。
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◆「記念日反応」とは
事故現場近くの慰霊碑に花を供える松永拓也さん(手前)と上原義教さん=19日、東京都豊島区で
関西学院大の悲嘆と死別の研究センターで交通事故の遺族らについて研究している赤田ちづるさん(悲嘆学)によると、「記念日反応」は死別を経験した遺族らが、命日や誕生日、結婚記念日などをきっかけに気分の落ち込みなどを起こす反応。サクラや花火の音といった季節の情景がきっかけになることもある。
珍しいものではなく、誰にでも起こりうる自然な反応だという。
故人がまだ生きていたころの感覚がよみがえり、気分の落ち込みが再現される。反応の具体的な内容は人それぞれで、「何も楽しめない」「罪悪感が強くなる」「落ち着かない」などがある。誰とも会いたくなくて自宅に引きこもり、生活に支障が出る例もある。
19日、松永拓也さんとともに取材に応じた真菜さんの父、上原義教さん(66)は「真菜と莉子に会いたいし、抱きしめたい。毎年毎年、この時期になるとなかなか寝付けない」と話した。
多くの場合、時間の経過とともに少しずつ状態が落ち着き、日常の生活を取り戻していくが、それまでにかかる時間も人それぞれだという。
対処法も人それぞれ。
本人としては、まず今のつらさが「記念日反応」と呼ばれる自然な反応だと知ることが大切。可能であれば、職場や支援してくれる人たちに自分の状態を伝えておくと、配慮や手助けが得られる可能性がある。毎年の記念日の過ごし方で、自分なりの儀式を決めておくと安心感が得られる場合もある。
周囲の人は、まず、本人がどうしたいのかを聞いたうえで、できることを考えるとよいという。